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北京のアダム・スミス

 

懸案だった白内障の手術が成功し、苦痛だった読書が大変楽になったので厚みのある本を読んでみたくなった。大型書店で物色したところ、中国関係本のコーナーで『北京のアダム・スミス』(作品社)と題する分厚い本を見つけた。

著者はジョバンニ・アリギというイタリア人社会学者で、ウオーラースティンらとともに「世界システム」論をリードする有力な論客だ。本書が遺著だという。帯のコピーには「21世紀資本主義の世界システムは中国の台頭でどうなるか」「アダム・スミス的な市場社会の後継者はむしろ中国である」とある。読書意欲をそそられて早速買い求め、読み始めた。7百頁もの大著なので少し尻込みしたが、ぐんぐんひき込まれてしまった。

数百年の世界史の流れの中に現代中国を位置づけ、中国台頭の意義を深く掘り下げていく壮大なスケールの中国論だ。本書の目的は「グローバルな政治経済の中心が北アメリカから東アジアに移行しつつあることを、アダム・スミスの経済発展理論から解釈することと同時に、そのような観点から『国富論』を解釈すること」にあるが、この目的は十分果たされている。アメリカの衰退と中国の台頭によって「世界の文明間のより大きな平等性にもとづく世界市場社会というスミスのビジョンが、『国富論』刊行以来の2世紀半の中で、かってないほど実現してきている」ことを論証しているからだ。

他人の不幸の上に自分の幸福を追求してはならないと考えていたアダム・スミス(『道徳感情論』)にとって、植民地を収奪、搾取したり、殺人と破壊の戦争をやりながら実現した欧米の資本主義の発展は「特殊」で「非自然的」なものであり、到底容認できるものではなかった。

これに対して「他国の領土を1インチでさえも、それを支配する目的で1人たりとも兵士を送ったことはない」(温家宝)中国は、農業から工業へ、さらに対外貿易を拡大しながら経済大国への道を辿っているのであり、「資源を略奪し、世界覇権をめざして武力を行使するという、ドイツが第1次世界大戦で辿った道にも、日本とドイツが第2次世界大戦で辿った道にも進むことはない」(鄭必堅)とする中国の市場経済社会の発展の経路こそ「自然的」なものだと著者は主張する。

欧米の資本主義の発展こそ「正常」であり、中国の発展は「後進的」で「異常」であるとする通説を覆す卓見である。目から鱗(うろこ)が何枚も落ちた。悪意ある近視眼的中国論が横行するわが国で、偏見を正すためにぜひ一人でも多くの人に読んでもらいたい一冊である。

『日本と中国』2011年12月15日号所載 

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