Monthly Archives: 10月 2011

震災復興と日中関係

今回の大震災は日本をめぐる国際関係、とくに日中関係にも多くの影響をもたらしている。震災発生いらい中国はじめ140 以上の国や地域、多くの国際機関やNGOなどからさまざまな支援が寄せられ、日本国民への励ましになった。日本人の忍耐、勇気、献身などが国際的賞賛の的 にもなった。

しかし半面、日本を見る国際社会の目が厳しいことも事実である。多くの国が自国民に帰国勧告を出し、日本への渡航自粛を呼びかけたりした。このため大勢の 外国人が出国したが、とりわけ中国人の帰国者が10万人を超えたことが注目される。各地の中華街や中華料理店で休業、閉店するものが続出した。多くの留学 生が親の希望で学業途中で帰国している。

4月の来日外国人数を見ると、なんと前年同月比62.5%も減少している(5月も50%減)。とくに中韓両国からの入国者の減少率が高い(韓国66%、中 国50%)。昨年の中国人旅行者は141万人だったが、1人当たりの消費額は20万円とみられているので、2800億円の消費需要を生んでいたことにな る。もしこれが半減したら日本の観光収入は中国人だけで1400億円の減収になる。すでに中国人向け観光・買い物スポットにあるホテル、旅館、土産物店、 百貨店、電器店などには深刻な影響が出ている。

5月21日、日中韓のサミット出席のため來日した温家宝首相は、宮城、福島の被災地を訪れ、犠牲者を追悼し、避難民を励ましたが、記者会見などを通じて 「中国は地震多発国なので、日本の震災がわがことのように思える。日本は必ず復興すると信じている。そのためあらゆる支援を惜しまない」と述べ、輸入規制 の緩和や観光ツアーの復活促進、被災地児童の中国への招待などを約束された。

この温家宝首相の発言を受けて、中国人観光客が少しずつ回復しているようだが、ある中国の旅行社幹部は「福島が収束しない限り、いくら募集しても人が集ま らない。原発の収束がすべてのカギだ」と述べていたが、3ヶ月経っても収束の見込みが立っていない原発事故対応への不信といらだちが、日本の国際的信用を 大きく傷つけているのが現実だ。

これから復興への取り組みが本格化していくが、中国人旅行者の激減が日本経済にダメージを与えているように、復興を進めるには東アジア、とくに中国経済と の共生関係の強化が不可欠だ(すでに対中貿易は対米を超え、対アジアは対米の3倍)。震災復興を通じての日中経済の一層の緊密化が、日中関係の当面する最 大の課題であり、そのためにも原発収束が急務なのだ。

(久保孝雄)

ノーモア・フクシマ一世界に広がる原発見直しと中国

史上空前の巨大地震と大津波で一瞬のうちに壊滅した東北太平洋岸の街々、津波に破壊されて重大災害を起こした原子力発電 所周辺から逃れゆく数万の人々―東北、北関東を襲った今回の大震災の被害の深刻さ、苛酷さは言語に絶する。死者・不明者数万、被災者数十万、壊滅した市町 村も数多い。

さらに深刻なのは、津波による破壊で制御不能に陥った福島第一原子力発電所で発生した未曾有の原子力災害だ。放射性物質の飛散で周辺住民を恐怖のどん底に 陥れ、避難や退避、農漁業の崩壊などの甚大な犠牲を強いたばかりか、日本国民全体に底知れぬ不安と恐怖をもたらし、「一億総うつ」状態を生みだしている。

福島原発事故の報に、世界中で「ノーモア・フクシマ」の声が広がっている。改めて「核と人類の共存は可能か」の根源的な問いがクローズアップされている。 自国民に帰国を勧告する国も多く、原発事故への不安と恐怖の大きさを示している。欧米など原発保有国は一斉に安全対策の強化に乗り出すとともに、原発政策 の見直しを宣言する国が増えている。ドイツはじめ欧米各地で反原発の大デモが繰り返されている。

フクシマはおそらく文明史的転換の分水嶺になるかもしれない。少なくともウランを燃料とする現行の原発依存社会は持続不可能になっていくだろう。こうした 反原発、原発見直しの国際的潮流のなかで、中国の原発政策の動向が注目されている。中国はCO2削減のため、今後20年で数十基の原発建設を進め、石炭依 存からの脱却を計画しているが、去る1月の中国科学院(科学研究の最高機関、国務院直属)総会で、トリウムを燃料とする溶融塩原子炉(MSR)の開発に着 手していることを公表していたからだ。

核兵器の原料となる毒性の強いプルトニウムを産生する現行のウラン燃料原発に変えて、プルトニウムを産生しないトリウムを燃料とする、より安全で平和な原 発が実用化されれば、原発政策の画期的転換となる。しかも、トリウム炉は廃棄困難で溜まり続けるプルトニウムを燃料に使えるほか、メルトダウンの危険もな く、埋蔵量も豊富と言う。

アメリカは1960~70年代にトリウム炉の開発を進めていたが、その後中止したままだ。プルトニウムが取り出せないためと思われている。しかし、核兵器 の需要が減り、ウランの枯渇問題もあるため、インド、フランス、アメリカなどでトリウム炉への関心が高まってきた。フクシマは太陽光など自然エネルギー活 用への転換と共に、次世代原発実用化への動きを加速するのではないか。中国の動向に注目したい。

(久保孝雄)

『日本と中国』2011年4月25日号 所載

中国は「仮想敵」か「パートナー」か

こんどの「防衛計画の大綱」(12月17日閣議決定)を読んで驚いた。タカ派色を出すまいとの工夫の跡は見られるが、最 大の特色は中国を「仮想敵」に位置づけていることだ。党内に多数の反中派を抱えていた歴代の自民党政権でさえ、ここまで踏み込むことはしなかった。それを 「アジア重視の外交」を看板の一つにして政権交代した民主党が、党内でも国会でも何の議論もせず、あっさり閣議決定してしまった。あたかも尖閣諸島沖の事 件で高まった(意図的に高められた)反中世論に悪乗りするように、沖縄、南西諸島への陸上自衛隊配備、戦闘機や潜水艦隊増強などの「対中シフト」を鮮明に 打ち出している。

それにしても、菅内閣の外交・防衛政策は危険すぎる。国民の平和と安全のため、近隣諸国との友好関係を深め、平和な環境を創造していくのが外交の基本なの に、緊張を高めることばかりやっている。米国の世界軍事戦略との一体化をめざす「日米同盟の深化」、集団的自衛権や武器輸出3原則の見直しなど、キナ臭い ことばかりだ。最近は首相や外相の口から、半島有事の際の自衛隊出動や日韓の安保同盟といった話まで飛び出している。クリントン長官まで半島有事には在日 米軍基地の韓国軍との共同使用が望ましいなどと言い出している。当然のことながら、これに対しては韓国、中国からの強い反発が起きている。半島有事が起き ないように最大限の外交努力をするのが政府の責任ではないのか。現に、中国の懸命な外交努力によって半島は一触即発の「敵対」から「対話」に転換したと見 られている(英FT紙、1.7)。

これらの「反中シフト」は、「中国の軍拡」への対抗措置だとされている。しかし、軍事評論家の田岡俊次氏は「経済成長で国防費が増えるのはどこの国も同じ で、”異常”ではない。日本が80年代、韓国、台湾が90年代に行った兵器の更新を、中国はいま行っている形で、軍拡とはいえない。国家財政に占める国防 費の割合も減少している」と言っている(サンデー毎日、11.21)。

昨年12月、次期国家主席と目される習近平副主席が、訪中した公明党山口代表との会見で重要発言を行っている。「両国の共通利益は違いを遥かに上回る。早 急な関係改善を望む。中国は日本をライバルではなく、パートナーと見なしている。中国は覇権を求めることはしない」(各紙12.15)。青筋立てて「中国 脅威論」を叫ぶより、パートナーとしての日本を重視する次期国家主席の真摯なメッセージに、真摯に応えることが総理のなすべき仕事ではないのか。

 (久保孝雄)

『日本と中国』2011年2月15日号 所載

2011年「新春の集い」ご挨拶

新年あけましておめでとうございます。「新春の集い」に大勢の皆さんにお集まりを戴き、誠に有難うございました。今日はとくに広東省から孫文先生の生まれ故郷である中山市の青少年芸術交流団46名の皆さんに参加して頂いています。

昨年、日中関係は国交回復いらい最悪と言われるほど悪化いたしました。私たちの活動にも多くの困難が生じましたが、皆さんの温かいご支援、ご協力により、上海万博への参加や青少年交流などいくつかの事業を予定通り実施することができました。改めて厚くお礼申し上げます。

中国では来年、国家主席が交代する予定ですが、次期国家主席になると見られている習近平さんが、昨年12月、訪中した公明党代表団との会見で、大変重要な 発言をされています。「両国の共通利益は、違いよりはるかに大きい。早急に関係を改善することが両国の共通利益だ。政府間だけでなく、民間交流を盛んにす ることが重要だ。中国は日本をライバルではなく、パートナーと見なしている。アジア共同体も日中の連携がカギになる。中国は覇権を求めない」(要旨)。

今後の日中関係にとって大変重要なこの発言を、日本のマスコミは小さく報じただけです。そして同じ時期に、政府は「防衛計画の大綱」を閣議決定しました が、驚くべきことに、戦後初めて日本政府が中国を「仮想敵」に位置づけています。中国が日本をパートナーだと言っているのに、日本政府は中国を「仮想敵」 だと言っている。反中国派の多い自民党政府でさえやらなかったことを、「アジア重視の外交」を看板の一つに政権交代した民主党がやったのは大変残念なこと です。

もう一つ重要な発言を紹介しますと、イギリスの外務次官フレーザーさんが、記者団から「最近の中国は傲慢で、独善的ではないか」と質問されたのに対し、 「われわれはそうは思わない。中国はアメリカと並ぶ大国であり、それにふさわしい自己主張をするのは当然のことだ。むしろ、これまで国際社会は中国にそれ だけの発言権を与えてこなかったことの方が問題であり、国際機関は中国やインドにもっと大きな発言権を与えるべきだ」と言っていることです。さらに最近、 ヨーロッパの知識人の間には、今や世界は、欧米中心の時代からアジア中心の時代に移っていく世界史の境目にきているのではないか、という議論が起きていま す。

このように大きな世界史的観点で、理性的に中国の台頭を見ている欧州の知識人たちに対し、日本ではこうした議論はごく少数で、感情的な中国論が横行しています。これも日本の悲しい現実です。

しかし、中国なしに日本経済は成り立たなくなっている現実を見ても、日中友好が日本の生存戦略の根幹であることは明らかです。今年はぜひ日中関係を大きく 改善していく年にしたいと思いますが、政府にも一層努力してもらいたい一方、習近平さんのお話のように、民間交流をより発展させていくことが大事だと思い ます。

今年は辛亥革命100周年の年ですので、今日の小坂先生のすばらしいご講演(「孫文と辛亥革命を支えた梅屋庄吉」)を皮切りに、1年を通して孫文と辛亥革 命を記念し、日中関係を考える行事を続けたいと思っていますが、今日お見えの広東省対外友好協会や中山市の皆さんにもご協力を戴くことになっています。

こうした地道な交流をつみ重ねながら、今年も草の根からの日中友好活動を深めていきたいと思いますので、皆さん方の一層のご支援ご協力をよろしくお願い申し上げまして、新年のごあいさつといたします。

(久保孝雄)

2011年1月24日 新春交歓の集い

菅内閣の「拝米嫌中」外交は時代錯誤だ

尖閣問題は根がふかく、当分尾をひきそうなので、あえて私見を述べておきたい。

昨年の政権交代で、アジア重視の外交を掲げる民主党政権が誕生したので、日中関係は大きく進展し、北東アジアに平和な環境が創られるものとつよく期待したが、この期待はあっけなく崩れ去った。

日中関係に熱心な鳩山内閣が倒れたあと菅内閣が発足したが、中国脅威論の急先鋒である前原氏が政権の中枢を占めたため、日中関係への影響が懸念されていた。案の定、尖閣問題で長い間の慣行を一方的に破って強硬策に転じ、日中関係を一挙に破壊してしまった。

そもそも自民党よりタカ派と見られている前原氏を、外相に据えたことが間違いだ。日本経済の生き残りのためにも日中関係がより重要になっているこの時期 に、「菅内閣は反・嫌中政権だ」というメッセージを発したようなもので、中国が警戒心を高めるのは当然だ。前原氏だけではない。日中関係がささくれ立って いるさなか、党幹部の枝野氏は中国を「悪しき隣人」といい、「戦略的互恵関係など成り立たつはずがない」との暴言を吐いている。政府・与党幹部がこれほど 攻撃的な中国非難をしたのは、戦後初めてではないか。外交的挑発を行ったのは菅内閣の方だ。

これを機に、マスコミが不正確な情報(尖閣諸島は米国も日本領土と認めておらず、中国も領有を主張する係争地域で、公権力を行使すれば武力衝突になりかね ない(孫崎享元外務省国際情報局長)との外交常識を正確に伝えていない)やウソの情報(中国が丹羽大使を数度、深夜に呼びつけたのは無礼だとの報道もあっ たが、事実は2度、深夜になったのは両者協議の結果。希土類の禁輸もなかった)まで使って「傲慢・無礼な中国」を煽ったことも腹に据えかねる。戦前、戦中 に「暴支よう懲」を煽って、日中戦争に国民を動員し、結局、国を滅ぼした過去の大罪を、もう忘れてしまったのか。マスコミがつくりだす中国横暴論に煽られ て国民の対中嫌悪感は8割近くになっている(読売)。こうした空気のなかで、対中強硬論に批判的な人まで「中国は嫌いだが」とか「あの国はどうしようもな い国だが」とか、アリバイの枕詞を述べてから意見をいうようになっている。正面から正論を言う人は、マスコミには登場しにくくなっている。

世界が「アメリカの時代」から「中国の時代」に移りつつあるとき、日中共生の道を拓くのが外交の基本課題だ。中国脅威論を煽り、普天間など沖縄米軍基地を「抑止力」として正当化しようとする菅内閣の「拝米嫌中」外交は、時代錯誤だ。

(久保孝雄)

『日本と中国』2010年11月15日号 所載

『日中友好』を担う人びと

 時々「なぜ中国に対しては友好協会があり、友好運動があるのか」と聞かれることがある。韓国、ロシア、米国などに対しても友好組織があり、活動も行われているが、全国と地方に組織があり、都道府県や数百の都市が中国の省・市と友好提携しているような国は、他にはない。

日本の国際交流活動のなかで、日中友好はひときわ大きな存在だ。それはなぜなのか。まず、日中は隣国で、特別の関係がある。2000年の交流の歴史があり、中身も深い。日本文化の基礎を作った稲作、漢字、仏教、儒教、律令制度、貨幣制度などはすべて中国から伝来した。

また、吉野ケ里でわかったように、弥生人には大陸系の遺伝子が入っていた。中国大陸からの渡来人が日本人のルーツの一部であり、日本民族とは兄弟の関係にある。

このように、長い交流で大きな文化的恩恵を受けてきたのに、明治いらいの近代日本は中国を蔑視し、敵視し、侵略行為を繰り返し、2000万人を超える中国 人を殺傷し、国土を荒廃させてきた。これに対する深い贖罪(しょくざい)の意識が、戦争を体験した多くの日本人の中にある。国交回復運動や友好運動の基礎 を築いたのは、こうした人たちだった。

友好運動の中核を担うのは、こうした歴史認識をふまえ、使命感を持って活動している人たちだ。しかし、今日の友好活動はもっと幅広い人たちに担われてい る。理屈抜きで「中国大好き」な人たちがいる。中国の歴史、文化が大好きで、機会あるごとに中国と交流する。中国が好きではないが、最も重要な隣国で、友 好関係が大切だと考える人たちも多い。さらに、少子高齢化が進む日本は、これ以上の経済発展は望めないから、中国とのビジネスで活路を開きたいと考える人 も増えている。

私は、歴史認識を踏まえ、使命感を持って運動に参加している人間の一人だ。しかし、この層はしだいに高齢化し、引退していく。勿論、同じ意識を持つ人たち が育ってきているが、まだ多くはない。全体として高齢化が進み、活力が落ちている。そこで、私たちは数年前から高校生を重点に新しい交流活動を始める一 方、若者を対象に「チャイ華」というボランティア組織を作リ、ネットで参加を求めたところ、現在、80名を超す若者が参加している。現役時代中国ビジネス に従事していた企業OBたちが「中国ビジネス相談室」を立ち上げ、活動を始めている。今後は、こうした若者、女性、企業家、企業OBなど、幅広い層に参加 を求め、ぜひ裾野を広げていきたい。

(久保孝雄)

『日本と中国』10年6月15日所載

日米中関係の抜本的見直しを

 神奈川県日中友好協会の会長に選任されてから、間もなく10年になる。年齢も傘寿を迎えたので、事務局には交代したい旨申し出ているが、どうなるだろうか。

それはさておき、この10年を振り返ると、中国の劇的な台頭ぶりに改めて驚かざるを得ない。10年前、GDP(国内総生産)が初めて1兆ドルを超え、世界 7位にランクされたときも、世界を驚かせたが、今年は5兆ドル規模に達し、日本を抜いて世界2位になる。すでに政治、経済、外交などでは米国と並んで国際 社会の主役を演じるまでになっている。米国では「G2(米中)時代」論が唱えられている。県日中の会長として、中国人民が達成したこの歴史的な大業に向き 合ってこられたことを、心から嬉しく、光栄に思っている。

もう一つの歴史的体験は、冷戦終結、ソ連崩壊後、唯一の超大国となって世界に君臨してきた米国が、9・11事件を機に強暴な戦争国家に変質し、「テロとの 戦い」を名目にアフガン、イラクに侵攻して破壊と殺戮を繰り広げて威信を失い、世界中に金融危機と経済危機をまき散らしてドルへの信任を崩し、自ら「アメ リカの時代」の幕を閉じつつあることである。一つの世界覇権の成立と破綻を目の当たりにしたのも、稀有な体験であった。

この10年は日本にとっても波乱に満ちた歳月であった。前半5年はブッシュの戦争政策に加担した小泉内閣によって日本型福祉国家は解体され、弱肉強食の格 差社会に変貌した。首相の靖国神社参拝の強行によって、日中関係も破壊され、冬の時代に入った。日中関係の極度の悪化を嫌う米国の意向もあって、安倍訪中 による「戦略的互恵関係」の合意が実現し、日中関係はようやく正常化した。

昨年8月には、戦後60年続いてきた自民党一党支配が、国民の歴史的審判によって崩壊し、「対等な日米関係」「アジア重視の外交」を掲げる民主党政権が誕 生した。鳩山首相、小沢幹事長らは「日米中は正三角形」を説き、日中韓の結束を重視している。他方、オバマ大統領もアジア戦略を日米基軸から米中基軸にシ フトしつつある。日本の対米貿易14%、対中華圏貿易30%、対アジア圏貿易49%の現実は、戦後60年続いた向米一辺倒の対外政策の抜本的見直しを求め ている。2世紀ぶりに世界の大国に復帰しつつある中国、「アメリカの世紀」と言われた20世紀の終焉後10年で覇権の座を降りつつある米国―この2大国に 挟まれた日本は、文字通り自前の外交力が問われる時代に入ったことを自覚しなければならない。

(久保孝雄)

『日本と中国』10年3月25日所載

オバマ訪中と小沢訪中

 昨年11月、シンガポールで開かれたAPEC首脳会議に出席するため、オバマ米国大統領は就任後初めてのアジア歴訪を行った。日本1泊2日、中国3泊4日、韓国1泊2日の旅だったが、日程から見ても、米国の中国重視の姿勢がよく表れていた。

オバマ大統領は中国首脳との会談を通じて中国国民が達成した経済的成功に敬意を表しつつ、「米中(G2)協力で21世紀を形づくっていこう」と呼びかけ、 米中関係の深化、発展を提案した。これに対し、温家宝首相は、米中関係の深化には同意したが、「G2」の提案については「中国は人口が多いので、1人当た りGDPはまだ小さく、途上国の段階にある。また、中国は平和外交を進めており、多くの国がともに世界の問題を決めていくことが望ましいと考えているの で、G2(米中)主導という考え方はとらない」旨を述べて、一極や二極で世界をリードするのではなく、多極協調型の新しい世界秩序を支持する考えを示し た。

オバマ大統領は東京での演説で、「アメリカは太平洋国家であり、今後もアジアへの関与を続ける」と宣言したが、これは鳩山首相が提唱する「東アジア共同 体」が日中韓主導で進められ、米国が外されること、とりわけ、世界経済の主役として劇的に台頭しつつあるアジア経済から取り残されることをつよく警戒する 発言だったとみられている。あるイタリア紙記者は「(APEC会議など最近の世界の動きは)、アメリカの時代が終わって、中国の時代が到来しつつあること を示している」との感想を述べていたが、世界はいま大きな変わり目に入りつつあるようだ。

オバマ大統領が北京を去って間もなく、民主党の小沢幹事長が140名の国会議員を含む600名の代表団を伴って訪中した。マスコミはこれを「派手な訪中」 と批判したが、98年のクリントン大統領の訪中をはじめ、欧米の指導者が数百名を伴って訪中するのは珍しいことではない。中国の省長たちが数百名を率いて 訪日することもしばしばである。問題は目的ではないか。新政権の中国重視を強く印象づける訪中になった点が重要である。さらに小沢氏は韓国に飛び、韓国併 合100周年に当たり、植民地支配への謝罪発言をした上で、日韓関係の深化を提案した。

オバマ氏の「G2(米中)」を軸とするアジア戦略に対し、日中韓結束をめざす「アジア重視の外交」を対置した小沢外交―それは米中協調、米朝対話の進展と あいまって東アジアの安保環境の改善にもつながる。日本にも自主「外交」復活の兆しが見えてきたと思いたい。

(久保孝雄)

『日本と中国』10年1月25日所載

『三つの米中逆転』と日本人の意識

 中国人学者の沈才彬(多摩大教授)さんは、最近の中国台頭の勢いを示すものとして、「三つの米中逆転」に注目している。沈さんが指摘しているのは、自動車世界一の米中逆転、日本の貿易相手国№1の米中逆転、来日外国人数における米中逆転の3つである。

20世紀初頭、自動車産業が誕生してから1世紀以上にわたって、生産と販売の世界一は米国が独占してきた。それが今回の経済危機で生産、販売とも大きく衰 退し、世界一の座を中国に譲り渡すことになった。今年、1~7月の新車販売台数は米国の580万台に対し、中国718万台で中国が世界一になった。今年の 世界の自動車販売台数は5500万台と見込まれているが、うち1100万台を中国が占めるという。しかも普及率は米国の80%、日本の60%に対し中国は 5%だから、中国の世界一の座は当分ゆるぎそうにない。

今年1-7月の日本の貿易額のうち対中輸出額は18.7%を占め、米国の16%を上回った。通年でも米国を上回る見通しだ。香港を含めると07年から中国 が№1の地位を占めている。これは日本の貿易統計が始まっていらいのことであり、日本の貿易構造が歴史的変化を起こしていること、日本経済が米国離れと中 国依存を強めつつあることを示している。

来日外国人の数でも、米中逆転が起きている。07年の来日米国人81万人に対し、来日中国人は94万人で、初めて中国が米国を上回ったが、この差はその後 も拡大し続けている。また、日本人の海外渡航先でも、00年から米中逆転が進み、07年には中国に渡航した日本人が390万人、米国(本土)へは130万 人で、ギャップは開く一方である。

これらの事実は、世界経済における中国の存在感の高まり、日中経済の緊密化、一体化の進展、日中両国民大交流時代の始まりを示しているが、にもかかわら ず、他方では両国民の相互嫌悪、相互誤解が深まっているという深刻な問題がある。内閣府の調査(07年)によると、日本人の対中好感度は31%と極めて低 く、呼応するかのように中国人の対日好感度も4割を切っている。

この背景には「毒入り餃子」事件などを機に、マスコミなどで煽られた台頭する中国への反中、嫌中ムード、「靖国問題」などに反発する中国の反日、嫌日感情 の高まりなどが考えられるが、いずれにせよ日中関係の将来にとって極めて由々しき事態であり、日中友好運動の鼎(かなえ)の軽重が問われている問題でもあ る。

(久保孝雄)

『日本と中国』09年10月25日所載

『中国の時代』は来るのか

 先日、バス待ちの合間に何気なく入った本屋で『中国の時代』(ダイヤモンド社)という本を見つけた。著者はジム・ロジャーズ。米国では冒険的投資家として知られている人らしい。この本も「全米ベストセラー」と帯に書いてある。

彼はかつて著名な投資家ジョージ・ソロスと投資会社を起こして大金持ちでなったが、37歳で引退し、ウォール街で静かに暮らし始めたものの「現場好き」の 心が疼(うず)きだし、世界の息吹を肌で感じとるためバイクを駆って世界一周の旅に出た。一度では飽き足りず、バイクを乗り換えて再度、とりわけ中国を丹 念に回ったようだ。

バイクによる過酷な世界二周で、ロジャーズが到達した結論は「21世紀は中国の世紀になる」ということだった。「19世紀はイギリスの時代、20世紀はア メリカの時代だったように、21世紀は中国の時代になる」とロジャーズは断言し、中国には無限のビジネス・チャンスがあると投資家たちを励ましている。

私は投資には縁遠い人間だが、ロジャーズの中国観にはとても興味をひかれた。彼は個別の銘柄の話に移る前に「私にできる最高のアドバイスをしたい」と言っ て、「あなたのお子さんやお孫さんに中国語を習わせなさい。彼らが生きている間に中国語は一番重要な言語になるだろう」と述べている。

さらに何度でも中国に行き、中国の生活と文化を体験し、中国問題の良書を読み、「中国脅威論を説いて人を怖がらせて日銭を稼いでいる”専門家”と称する連 中」に惑わされず、自分の中国観を持ちなさいと言っている。彼はそう説くだけでなく自ら実践している。「私は中国の長期的見通しを固く信じているので、 03年に生まれた娘、ハッピーに中国人の乳母を雇った。おかげで彼女はもう北京語がうまく話せる。もう一度言う。(私のように)ドルを売って元を買って、 子供に中国語を学ばせなさい」。

折しも、ラクイラ・サミットで、これまで世界の主役だったG8が限界を露呈し、G20こそが国際社会の新たな主役であることをまざまざと示した。今度のサ ミットで最も注目されたのは、初デビューのオバマと世界経済のけん引役となった胡錦濤の言動だった。オバマは「核のない世界」の提唱でニュー・アメリカを 演出したが、胡錦濤はウイグル動乱で急きょ帰国し、大きな穴を開けてしまった。しかしこれが却って中国の存在感を際立たせることになったという。「中国の 時代」は一歩ずつ確実に近づいているようだ。中国の覚悟と用意を国際社会が問い始めている。

(久保孝雄)

『日本と中国』09年8月15日所載

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